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【すべての終わり、赤い砂、そしてただ一人】

喉が渇いたな。
砂に足を捕られながらも進めてきた歩みを止める。目深に被った日よけの布を少し持ち上げると、鋭い太陽光が目を焼いた。
眇めた目に映るのは、真っ青な空。そして赤い…どこまでも続く赤い砂漠。
随分前から喉の渇きは感じていた。しかし、少しずつその感覚をごまかして歩き続けているうちに、渇きは耐え難いまでになっていた。
別に飲料水の備えがないわけではない。腰に携帯用の水筒を下げているし、背嚢には2リットルのペットボトル2本分の水が入っている。食料も、豊富というわけではないがそれなりに持ち歩いている。
水を携行しているのは、砂漠を旅する者の常識としてそうするべきだという知識があったからだ。
しかし。
本当に、俺には水分が必要なのだろうか?
さっきから俺を苦しめているこの渇きは本物なのだろうか?
真上から照る太陽の光を遮るために、こんな汚らしい布を我慢して被る必要が本当にあるのか?
砂漠を昼間に渡る愚かさは判っていたが、あえて無視したのも同じ疑問のためだ。
俺は死ねるのか…。
そこまで考えて、思考が渇きに負けた。
腰の水筒から水を一口含む。ほんの僅か、苦痛が和らいだ。
馬鹿らしい。重い思いをして水を運んでいるのだから、くだらないことを考えないで飲みたいときに飲めばいいのだ。
それでも疑問は消えない。
水を採らなければ俺は死ぬのだろうか?
それとも、何をしても俺は死なないのだろうか?
俺は人ではない。
何度、自分に言い聞かせても、それは絵空事のように感じられるのだが。
俺は。
世界の全なるもの。御霊摩陀羅と呼ばれるもの。
そんな俺が、干からびて死ぬのか。焼け死ぬのか。
しかし、その問いに答える者はいない。
俺はただ一人、砂漠の赤い砂に足跡と影とを刻んでいた。




世界の終わりは一瞬だった。
まるで、映画の場面が切り替わるかのように全てが一変した。
気が付くと、赤い砂に埋まったビルの一角に転がっていた。着衣はジーパンにTシャツで、手荷物には登校のための定期券などが入っていて、ああ俺学生だったっけああここは校舎かと思い出し、そのあまりの現実的な非現実に笑いが漏れた。
きっかけは些細なことだった。
いや、俺にとっては些細ではなかったが。
ただ、俺の好きな人々を苦しめたくないと思っただけだ。
しかしそのために世界中を砂まみれにして、多くの俺とは無関係の人々を皆殺しにするほどのことかといえば、違うだろうと思う。
ただ、助けたかっただけなのだ。
俺には遠い遠い昔、共に戦う人々がいた。同じ目的のために、時に反目しながらも共に剣をとる人々が。
戦いの最中、俺は自分の分身と腹心のみを連れて旅立った。人々と共にあるよりも、目的を果たすことが大事だったからだ。
しかし、残された人々は俺を追ってきた。長い時を、転生を重ねて俺を求めた。
そして、長い時が彼らの魂をすり減らしていった。
壊れていく彼らが俺に追いついた時。
俺の記憶は全て蘇った。




仲間の一人、ユダヤ。
皮肉屋で、いい加減で、短期で、類まれなる剣の腕をもつ、何事にも膝を折らない戦士。
そのユダヤが疲れていた。どうしようもなく。ただ絶望のみを抱えて、それでも俺を求めて進んできた。
今となってはその理由すらおぼろげで、ただ俺に会う、会わねばというその単純な目的意識のみで、苦渋に満ちた転生を繰り返していた。
仲間の一人、カオス。
誇り高く、厳格で、慢心を何よりも嫌っていた。そして慈愛にもみちていた、王の中の王。
カオスは全く壊れてしまっていた。彼の高潔な精神ゆえに、何度も繰り返される転生によって与えられる人生の苦悩は深かったのだろう。俺との再開は嬉しかったようだが、それを普通に表すことはもはや彼にはできなかった。彼が採った喜びの表現方法は俺にナイフを振りかざすことだった。
麒麟は。
俺の半身である麒麟。生まれたときから共にあることを約束されたはずの彼女は。
真の半身である俺ではなく、ユダヤを愛するようになっていた。俺を捜し求める無限とも思える時間に絶望し、傍らで転生を繰り返す男に惹かれた。
膨大な時間の果てに再開した麒麟の、俺を凝視する目。
色濃い絶望。長い時間に磨り減った意思の光。求めていた男が現れたことに何の感慨も持てないことへの驚愕と、今更現れた俺への、そして俺を裏切ってしまった自分への嫌悪。
『終わらせて。
あなたにはその力がある。あなたならできる。
あなたという巨大な力に惹かれて集まる羽虫のように弱いわたし達を、
その力で振り払って。握りつぶして。
…虫は好き好んで光に集まるわけではない…』
お前を求めるのはお前を欲しているからではないと。その力に惹かれるのは我々の意思ではないと。そう突きつけられて哀しいとは思うがそれ以上に、麒麟の目に浮かぶうつろな影を払いたかった。 麒麟の頬に触れようと手を伸ばした、その瞬間に世界は終わってしまった。




それだけだ。
彼らの魂の破壊を苦しみながらも望んだが、それは同時に現世をも滅ぼした。
御霊摩陀羅の力は麒麟の言うとおり、彼らの魂を完全に滅することができる。
御霊摩陀羅は世界そのもの。世界こそが御霊摩陀羅自身。その意味で言えば、麒麟だけでなくユダヤもカオスも、こうして後悔しながら色々と考えている“俺の意思”も摩陀羅の一部に過ぎない。
摩陀羅の力は、“俺の意思”というちっぽけなものが操るには大きすぎる代物なのだ。
俺が望んだ彼らの『死』は、同時に世界を赤い砂で覆いつくした。
アガルタの顕現だ。
御霊摩陀羅の覚醒により、顕れるとされる赤い砂の神の国アガルタ。
神の世界が出現し、人はその威光で死に絶えた。
だがその神の世界では、神はとっくに滅びていた。
後はただ、赤い砂に覆われた死の世界が広がるだけ。
これが待ち望まれた御霊摩陀羅の覚醒だったのか?
それともただ、摩陀羅の力が暴走しただけか?
俺は今、全ての転生の記憶を持っている。生まれてからここに至るまでの全ての記憶。出会った人。話した言葉。見聞きしたこと。世界の創生の理も、時代の変遷も、階層状になっている世界構造の全ても把握している。
ついこの前、高校の試験のために、必死で覚えた数学の公式やら元素記号なども覚えてはいる。必死で覚えても、成績はケツから数えた方が早かった。落ちこぼれという奴だ。それがいまは、全てを原理から理解してしまっている。こうなっては、覚えた事柄はゴミに過ぎない。無駄なことをしたと思う。
世界を覆す力を持ち、世界を形作る知識を持つ。
こんな状態では、到底、人とは言えないだろう。
なのに、喉は渇き水を欲し、太陽の光に肌を焼かれるのを恐れている。
滑稽だが、長い間信じてきた全ての事柄を無視できるほど、それらは曖昧な記憶などではなかった。




微かな風が頬を嬲る。
目を凝らすと、遠くに赤い砂に埋もれる東京のビル群が見えた。
ここは日本で、東京だ。
神の国アガルタが顕れるとは、こういうことをいうのだろうか。
神の国を侵すかのように存在する現世の物質。
世界の上書きに失敗して、聖なるものと濁たるものが混ざり合ってしまっているように見える。
だとしたらやはり、覚醒は失敗だったのか?
どこかにまだ、生き残っている人はいるのか?
覚醒が失敗だったなら、麒麟達の魂の消滅は?成功したのか?失敗したのか?
神は本当に滅んだのか?
アガルタは本当に神の国だったのか?
現世に顕れたこれを、そう望んだ者たちはどうするつもりだったのだ?この大量の役立たずな赤い砂の山を。
そして。
俺は死ねるのか?
俺は死ねないのか?
俺は。
俺は本当に。
本当に御霊摩陀羅なのか?




砂に埋もれた足を、引き上げた。
次々と生まれる疑問が足を、体を動かした。
少なからず驚いた。
麒麟たちを蝕んだ虚無は、同じだけの時を刻んだ自分には訪れていないことに。
まだだ。
まだなのだ、と。
全身を責め苛む太陽が、西にかどうかは判らないが傾きつつある。
あれが地平線に半分だけ姿を隠したら、眠ることにしよう。
そして朝が来たら、また歩くのだろう。
見渡す限りの赤い砂が尽きるまで。
行きつく先がやはり廃墟なのか。俺には判らない。
判らないことが、きっと俺を生かし続けている。




FIN
2005.9.11


懐かしい、と言ってくださる方がどれだけいらっしゃるかもナゾでございます。
大昔の、ゲーム創世記におけるRPG『魍魎戦記摩陀羅』のお話です。
原作はいまだに小説版が続いていたけれど、打ち切られたという…。
めりぃはユダヤが大好きでした。が、やはり『摩陀羅』の主人公はマダラだと声高く主張します!

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