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【野山君のひとりごと】

付き合うんだったら頭の鈍い女はお断りや。
会話が続かんのは耐えられん。唐突に話がちぎれたときの、あの言いようのない気まずさを俺は心から憎む。あの会話のエアポケットを幽霊が通ったなんてよく言うが、そこにいるのは幽霊やなくてただのどんくさい奴や。
その条件は同室人にも当てはまる。学校にいるときはともかく、あとは朝も夜も一緒。これで会話に穴が開くようならそれは拷問以外の何物でもないわ。胃に穴が開いてしまう。
同室のフレッドはまあ、そうしゃべるほうでないが、こちらが何かを聞けばすらっと応えるし、奴との会話は気が利いていて盛り上がる。頭の回転が速い証拠や。
ちとマジメすぎるのはなんだけど、ヘタに寒い冗談言われるよりはずっと感じがいい。
初めて会ったときはびっくりしたけど、今になって思えばフレッドが同室で運がよかったな、俺。
たとえば同居人が隣の部屋の先輩達だったらどうかと思う。
如月先輩だったらなんも問題なし。お願いします状態や。
蓮川先輩だったら?どうにもあの先輩とは気が合わへんのや。妙にマジメなところはフレッドと一緒だけど、頑な過ぎてついて行けん。あの人と同室だったらイラつくことも多かったろうな。…や、別に如月先輩と同室なのを妬んでるわけやないで?
それじゃその更に向こう隣、この寮最大の名物男二人組みやったら…どうだろう?

今日も今日とて、211号室に呼ばれて酒盛り三昧。適当な寮だなホンマ。これが天下の進学校かい…って、こういう学校だって知ってたから受験したんやけどな。
くだらん話で盛り上がって馬鹿笑い。こういうノリは嫌いやない。下ネタにいまいちついていけないフレッドも、首を傾げながら楽しそうや。
そんな中、俺は場の中心にいる二人を観察した。
世の平均値から相当飛びぬけた容姿の二人組は、チョーシくれてすかしているかと思いきやそんなことはなく、タレ目のほうは下品に大口開けて笑っているし、ツリ目のほうは時々限界突破の冗談を(いやこれは…冗談、だよな?)口にして、場を凍りつかせている。
以前二年生の先輩らに『この二人が寮内最強・最凶コンビ』やと聞かされていたが、確かに寮生活に慣れるにしたがって、肌で感じるものはある。
タレ目の池田光流は、落ち着きなく騒がしいけれど、ただ明るいだけではなくて不遜な顔が見え隠れする。どんな集団でも強引に自分の居場所を作ってのし上がる、大将タイプだな。孤高の俺から見れば、めんどくさいことゴクロウサマって感じ。
あーあ、蓮川先輩、また光流先輩に突っかかって…。勝てるわけないのにその惜しみない労力の無駄遣いには頭が下がるわ。蓮川先輩もほんま、ゴクロウサマ。
ツリ目の手塚忍は、如月先輩となにやら談笑中。あークソうらやましーな、如月先輩ホンマかわいーな、俺は差別しない主義やから付き合うのは男でもかまへんのやけど。
あ、話がずれたわ。ツリ目のことな。
最凶の称号は、人の弱みを握っていることからきているらしいが、正直それが何だという感じ。弱みなんぞ握られる方が悪いんとちがうか?全くどんくさいこっちゃ。この先輩がその程度のことで最凶と言われてるなら、はっきり言って名前負けや。
ウワサによれば一年のときの喧嘩で光流先輩に負けたとか。そんなの取っ組み合う前にわからなかったのかね?こんな体力第一主義みたいなのとやりあうなんて、判断力鈍ってたんですかいな、元生徒会長サマ。まあ、結局はオボッチャマ。頭よさそうに見えてもどこか鈍いんやろな。
そうやって考えると、寮内のトップはやっぱ光流先輩か…。や、今はそういうことじゃなくて、同室だったらどうかって考えてたんだっけ。

うーん。

そやな。同室なら忍先輩がええな。

うるさいのは好かん。光流先輩みたいなのが傍にいると、落ち着かん。
忍先輩は、一緒にいてユカイな相手やないが、少なくとも光流先輩よりはましや。
同居人にでかい顔されるのは真っ平ごめん。親玉ツラされるよりは、静かに皮肉る忍先輩のが扱いは楽そうや。
「あ…もう点呼の時間だ。俺が廻るまでに全員、部屋に戻るように!」
つらつらと考え事をしているうちに時間が過ぎたようだった。蓮川先輩がふんぞり返って部屋を出て行く。
「んじゃ、解散としますか」
三年の森永先輩が立ち上がる。ふと、周りを見回すと、フレッドがおらん。
「あれ、フレッドは?」
「気付かなかったのー?眠いって先部屋戻ったじゃん」
「はあっ…そーですか」
突然視界を埋めた美少女顔にくらりときて、適当に返事を返した。
ならば、と211号室をみんなに混じって出ようとする。
「あ、野山、待てよ!」
するとお山の大将に呼び止められた。
「菓子あまったから持ってけよ」
「いや、いーっすよ」
「いいから持ってけって!」
強引に腕を引かれて、菓子類の散乱した折りたたみ式テーブルにつかされた。コンビニの袋を渡される。自分でかき集めろってことかい、おい。恩着せがましいわ、全く。片付けんの面倒なだけやろ?
そうこうしているうちに、211号室に残っているのは俺一人になってしまった。
さっさと片して退散しようと雑にテーブルの食い散らかしをかき集める。と。
「…うおっ!?」
珍妙な叫び声が聞こえた。
「どうした、光流?」
さして気にもしていないような声音で、忍先輩が尋ねる。
「は…腹が」
途端、腸の蠕動する音が部屋中に響き渡った。
「や、やべっ!!」
光流先輩は真っ青になって、部屋を飛び出していった。
部屋のドアが光流先輩の飛び出た勢いでゆれている。その丁番がきしむ音の中、俺は忍先輩と二人きりになってしまった。
それにしても、本人が騒がしいと腹までうるさいのかね、うざったい。
俺は再び、テーブルの菓子を集め始める。なんとなしに沈黙が重い。そらそうや。うるさいのは確かにイヤだが、なれない人間との沈黙だって好きな奴なんかおらん。
それに、なぜか知らんが、作業する俺のことを忍先輩がじっと見ている。
テーブルに目を向けている俺に、しかと確認できる訳はない。けれども、視線の行く先が喧嘩の火種だった地元での感覚が、俺にそうやと告げていた。
「野山」
「…はい?」
声をかけられて、見られていたことが間違いでなかったと知る。
顔を上げると、思いのほか穏やかな視線とぶつかった。
みんなで騒いでいるときの、痛烈な語りを繰り広げる忍先輩しか知らん俺は、胸がざわつくのを感じた。
何や、こんな顔もできるんか、この人。
「立山先生の授業…その後、どうしてる?」
「…は?」
想像の外のことを聞かれて、間抜けな声を上げてしまった。
立山先生の授業をボイコットしてえらい騒ぎになったんはもうずいぶん前のことや。今更ながらの話に口ごもる。

…何か、もっと違うこと言われるのかと思ったのに。

って、何言われると思ったんや!俺!?
「…どうした、野山?」
ほんの少し首を傾げる。他の男がやったら笑止以外の何物でもないが、忍先輩のそれは…。
知らず手が震えて、菓子の詰まったビニール袋を落としそうになった。
「いや、…センセの授業はちゃんと出てます」
「ふうん?」
忍先輩が軽く笑う。部屋には二人きりしかいない。どう考えてもこの笑みは俺に向けられている。
ケツを引っ叩かれた馬のように、俺は猛然と話し始めた。
「センセも別に俺のこと特別扱いしませんしフツーに授業出てフツーに補修受けてますおかげさまで古文の成績上がりまして理解が深まったっちゅーか質問すればきちんと教えてくれるしなんつーか」
何を言っとる、何をやっとる俺はと思いながらも一気にまくし立て。
「まーあのセンセには敵いませんわ…」
で、息が続かなくて言葉を切った。

会話が続かんのは耐えられん。
唐突に話がちぎれたときの、あの言いようのない気まずさを俺は心から憎む。
あの会話のエアポケットを幽霊が通ったなんてよく言うが、そこにいるのは幽霊やなくて。

幽霊やなくて。

笑顔を溢れさせた忍先輩が、そこにおった。

忍先輩は体を曲げて、笑っている。
こんな風に笑う先輩は始めてみた。
なんかもう、綺麗な微笑とかでは全然なくて。
ただひたすらの、破顔。目に涙さえ浮かべて。

あどけない、と思った途端、息が止まった。

「…なんだよー、忍、楽しそーじゃねーか」
地獄の底から響くような声音に、肺から息が零れだす。
呼吸が戻って良かったような、悪かったような。…若干の恨みを込めて、俺は戻ってきたタレ目に目をやった。
腹を押さえた光流先輩は真っ青な顔で、ふらふらと下のベッドに倒れ込む。
「あー俺、今日はだめだあ…。忍、今晩ベッド貸して…」
「あ…ああ、いいぞ、勝手に…しろ」
「何がおかしいんだっつーの」
「野山がな。…立山先生には敵わないそうだ」
「…あー…そー」
光流先輩は、のそのそと顔だけをこちらに向けた。
「あのなー野山…敵うわきゃねーんだよ。相手はウン十年あんな調子で生きてきた化けモンだぜ?まー俺もその心境にたどり着くまでにゃ時間かかったけどなー」
言うだけ言うと、光流先輩は引っくり返った。忍先輩は笑い続けている。
「センセの事はもう終わったことですから。ほんじゃ、おやすみなさい」
なんだか俺はもう、いっぱいいっぱいで211号室を後にした。
光流先輩の唸り声はドアを閉じた途端に消え、忍先輩の笑い声だけが耳に残った。

209号室に戻ると豆球だけが灯っていた。ほのかな灯りの中、やたらと健やかなフレッドの寝息が聞こえる。俺は自分のベッドに潜り込んだ。
まったくどーしたもんか。これからは如月先輩だけじゃなくて忍先輩にもどぎまぎせにゃならんのか。
そう思うと面倒くさくてため息が漏れる。
そして笑う忍先輩の姿を思い出し、またため息が漏れる。
まあ、考えたって、しゃーないか。なるようにしかならんしな。
俺はムリヤリ目を閉じた。今日は、眠れそうにないけどな。

ちなみに菓子袋は部屋に残してやった。当たり前や。ゴミなんか押し付けられてたまるかい。

FIN
2005.6.7


掲示板短期連載から掬いあげたものです。
6月7日ですって!?そんな大昔に書いたんでしたっけ…?
ちょっと衝撃。

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