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【大衆娯楽】

(サングラス似合わねー…)
 光流は少し離れた所から、姿勢よく台に向かう姿を覗いた。
 忍はサングラス越しに真剣に台を見つめ、玉を打ち込んでいる。
 耳を襲う軍艦マーチ。それを凌ぐ、玉が釘の間を流れ落ちる音。リーチを知らせる電子音のファンファーレ。
 この環境に忍はあまりにもそぐわない。
 それを承知で連れてきた。いわばここは下町で生まれ育った自分の領域で、忍にとっては敵の土俵だ。
 忍は、良い家の子供であるにもかかわらず、遊び慣れしていた。
 マージャンもうまいし、オイチョカブ、チンチロリン、ダイス、カード、何でも必要以上に強かった。
 しかし、この“遊び”はさすがにしたことがなかったのだろう。子供がこの手の施設に出入りすれば噂も立つし、あっという間に補導もされる。その危険を忍が冒していたとは思えない。
 案の定、忍の持ち玉はあっという間に底を尽きた。
 サングラスに隠された顔が僅かに顰められているのを見届けてから、光流は千円分の玉の入っているプラスチックのケースを手に、目をつけていた台に向かった。
 ここは駅前パーラー『ミリオン』。
(悪いけど、手加減しねーよ)
 光流は固い決意を持って、玉を台に流し込んだ。




 一週間前の日曜日。
 体育祭と文化祭が全て終わった緑林寮の秋の休日は、気だるかった。
 外は快晴。絶好の行楽日和にもかかわらず、ここ、緑林寮211号室で光流は怠惰を貪っていた。
 床に腰を下ろし二段ベッドに背を預けた格好で、雑誌をめくっていた手を止め大きなあくびをする。
 昨晩は点呼を受けてからすぐに寝て、今朝は朝食の時間が終わる10分前までしっかり睡眠をとっていたというのに、まだ寝足りなかった。
 緑都学園に入学してはじめて迎えたお祭りに、いつもの調子で大騒ぎした結果だった。体力は無尽蔵にあったから、肉体的な疲労を翌日に持ち込むことはなかったが、精神的な疲労は数日経った今も残っていた。
「あー…だりーよなあ」
 頭をベッドに凭れさせると、二段ベッドの下の主、忍の枕元に置かれた時計が自然と目に入る。
 午後3時を少し廻ったところだった。
 忍が寮内放送で呼び出されてから、そうして何度も確認した時間は、5分と経っていなかった。
 やがて廊下を、聞きなれた足音がやってくる。
 ドアを開けて戻ってきた忍は、機嫌がよさそうに見えた。
「なんかいいことでもあったのか?」
「いや、特には」
 短く答え、忍は自分の机についた。部屋を出て行く前に取り掛かっていた、生徒会の仕事を続ける。
 しばらく部屋の中を、書き物の音だけが聞こえていた。
 ふと、それが止まった事に気づき、光流は雑誌から目を上げる。
「光流」
「何だ?」
「2週間後の日曜日、出かけるからいつも通りよろしく」
 振り向きもせずそれだけを言うと、再び手を動かし始めた。
 光流は背中を見せている同居人に、遠慮なくしかめっ面を向けた。




 忍には、彼女と呼べる女が数人いた。
 正確な人数は同室の光流にもわからない。聞いてもうまくはぐらかされてしまうし、口にしていい気分とは言えない話題だったから、いつの間にか聞く事は止めていた。
 忍は時々思い出したように、いそいそと外出する。
 そんな時は門限破りの深夜帰宅か朝帰りと決まっていた。そこで、同室の光流が寮に戻ってくる忍のために窓の鍵を開けておくことが、習慣になっていた。
 いやいや、しぶしぶ、いたしかたなく、だ。
 夜、あたりに人が、特に寮監のおばさんがいないのを見計らって、旧式のねじり錠を廻す。その間はいつも、錠を逆回転させて閉めてやろうかと思った。忍に『いつも通りよろしく』と当たり前に言われる度に、他の奴に頼めよと声を荒げたくなる。
 それをしないのは、こう返されるのを避けるためだ。
 『なんで。友達だろう』
 それは、忍の口からは絶対に聞きたくない言葉だった。光流はそうは思っていなかったからだ。
 背中を向けたままの忍は、まるで光流の存在を無視している。
 光流のことは気の置けない友人なのだと。意識を傾ける相手ではないと無言で主張している。
 ふと、忍が光流の心にしまい込んだ想いを知って、嫌がらせでそう振舞っているかも知れないと思いつく。
 疲れが思いの他溜まっていたのかも知れなかった。その上女との約束をちらつかされて、ただの被害妄想だと意識を逸らすことがどうしてもできない。
 光流はちりちりと軋む気持を何とか沈めようとため息をついた。
 その時、唐突に忍が振り返った。
「ため息なんかつくなよ。鬱陶しい」
 普段通りの、忍の物言いだった。
 普段通りでなかったのは、光流の方だった。
 制御不可能な感情が、沸点まで押し上げられる。
 感じたのは、純粋な怒りだった。
 鬱陶しい?誰が夜中遊び歩いている奴のために鍵を開けてやっていると思っているんだ?
 人がどれだけのものを押し隠していると思っているんだ。それこそ、必死になって、だ。
 友達の立場をそうまでして守っているのは、誰のせいだと思っている?
 忍が友人としての光流を必要としていたからだ。
 忍のその気持さえ構わなければ、さっさと気持を告げるなりなんなりして、友人関係を終わらせたってよかった。
 終わらせたって、よかったんだ。
 そこまで考えて、急に心が零下まで冷え込んだ。
「…じゃ、出てく」
「光流?」
 その呼びかけに背中越しに手を振って、光流は振り返ることなく部屋を後にした。




 光流はその足で312号室に向かった。
「ちーす。お邪魔するぜー」
 部屋の住人である森永が、光流を見て不思議そうな顔になった。
「あれ、単品?」
 誰とセットだと思っているかはすぐに判ってむっとする。
「いつも一緒にいるわけじゃないっしょ」
 312号室の住人である岡崎と森永は光流とは同級で、お互いの部屋をよく行き来していた。
 ずかずかと部屋に入り込み、折りたたみテーブルに広げられた菓子を断りなくつまむ。
「機嫌悪そー。なんだ、喧嘩か?」
 そう言いながら岡崎が放ってよこしたカップに、そこら辺に転がっていたインスタントコーヒーのビンを拾い上げて、電気ポットの湯でコーヒーをいれる。
 一口熱い液体をすすると、妙にしんみりとしてしまった。
「あいつさー、鬱陶しいとか言うんだぜ?どうよ?同室の友達にだぜ?別にうるさくしたわけじゃないんだぜ?」
 ひたすら気持を封じ込めているのに、苦しい息さえも我慢しなきゃならないのか?
 胸のうちに、本当の質問を隠して、屈託ない友人達に愚痴る。
「冷てぇよな、あいつさ。なんかもうちょっと、こう、人間味を露出させてもバチは当んないと思わねぇ?そうだろ?そうだよなあ?」
 森永が半眼で呻く。
「んな事言っても、忍はいっつもああだしなあ」
 すると岡崎が。
「でもさ、光流には結構、気を許してるから我儘言うんじゃねーの?そういうのって人間らしいっつーか、かわいいじゃん」
 忍がいたら拷問されても言わないだろう事を口にした。
 だから惹かれてしまって困るのだとも言えずに、光流はますます煮詰まる。
 テーブルに顎を載せて憮然としていると、岡崎が追い討ちをかける。
「まー、早く仲直りしてくれよ。忍を野放しにしたら怖くってしょうがねーよ」
「…俺は野獣をつなぐ鎖かってーの」
「そんな感じで」
「おあぁあッ!!」
 その時、急に森永が奇声を上げた。
「おっれのっ勝ちぃ!」
「えっ、まじ!?」
「なっ、なんだよ!?」
 森永が見ている雑誌を岡崎も覗き込み、2人で盛り上がるのに光流はついて行けなかった。
「『PLAY VIEW』のグラビア、今月はリョウコちゃんvv」
「くそー、外した…!」
 折込の、季節に合わない水着姿のグラビアを高々と掲げる森永に、岡崎は財布から取り出した2枚の紙片を渡した。
「なに。なになになに、お前ら何やってんの?」
 2枚の紙片は、学食の食券だった。
「グラビア当てっこしてんの。負けたらおごり」
「今月は厳しいのによー。…ううう」
 苦悩する岡崎に、得意満面の森永。
 他愛ない遊びと会話だった。
 泣きたくなるほど、羨ましかった。
 失ったものはあまりにも大きかった。
 それを捨てたのは、自分自身だ。羨んでも仕方がない。
 ならば。
 忍が望むなら、友情ごっこは続けてもいい。
 でも、もう我慢もやめた。
 あんなにやけたツラで、女になんか会わせない。  光流は目の前の2人に笑いかけながら、硬い拳をテーブルの下に隠した。




 夕食の時間が始まってすぐ、光流は自室に戻った。
 忍は変わらず、机に向かっていた。ドアの開く音に顔を上げて光流を真っ直ぐに見る。その様子は、先程の気まずいやり取りなどなかったかのようだ。
 光流もまた、何事もなかったように振舞った。
「メシ、行かねえのか?」
「行くよ」
 忍はノートを閉じ、立ち上がった。
 2人連れ立って、廊下を歩く。
 いつものように、すれ違う寮生達と挨拶を交わす合間に、光流はごく自然に話かけた。
「忍さあ、来週の日曜日、暇?」
「予定は何もないが」
 忍は前を向いたまま答えた。光流はその返事に込められた僅かな緊張を感じ取った。
 気にしないような振りをして、実は光流の機嫌を伺っている。光流はそう確信した。
「じゃあさ、パチンコ行かね?」
「は?」
 忍が振り返る。
「パチンコ?」
「うん」
「俺とお前が?」
「うん、そう」
「高校生がそんなところにに出入りできるか」
 小馬鹿にしたようないつもの口調で、忍が言う。
 光流の態度が変わらないので、緊張を解いたのだろう。
「まあ、そう言うなよ。パチンコでお前が勝ったら、何でも言うこと聞いてやるからさ。その代わり、俺が勝ったら、俺の言うことを聞いてよ。どう?」
「勝負する理由もわからん」
 忍は口を閉ざした。話を終わらせるつもりのようだ。しかし、さらりと流そうとする忍を逃がす気はない。
  「お前が俺のこと鬱陶しいっていうからさ」
 忍の体が瞬間、固まった。
「お前が勝ったら、何でも言うこと聞いてやるよ、“消えろ”でも、何でも、さ…」
(さあ、どうする?俺は怒ってるんだぜ?)
 忍が光流という友人を失いたくないと思っているのなら、次に言う言葉は一つしかない。
「…それで気が済むのなら」
 全て光流の思い通りだった。
 知らず胸を押える。忍を思い通りにはしたが、向けられる好意を逆手に取ったやり口に吐き気さえ催した。
 忍がどんな様子でいるのか見ることもできず、目を逸らして曖昧にうなずく。
 そして、忍が背を向けて歩き出す気配に、打ちのめされるような気がした。




 気詰まりな一週間が過ぎた。
 その日曜日は冬が一足早く来たかのような、晴れ渡ってはいたが酷く寒い日だった。
 昼食をファーストフードで済ませ、駅前のパチンコ店に向かう。
 とりあえず変装しなきゃと、2人ともサングラスをかけている。忍はかえって目立つと嫌がったが、光流が無理矢理つけさせた。
 もし、高校生であることを見咎められたら、何が何でも忍だけは逃がそうと思っていた。相手を光流が押さえつけている間に忍が逃れられれば、顔さえ見られなければどうとでもなる。
 しかしそこまで警戒しなくても、どこででも手に入りそうな特徴のない服を選んで着込んだ2人は、背が高いこともあって、成人であると主張してもそう問題ない外見になっていた。
 パチンコ店の前に立ち、光流は忍と向き合った。
「それじゃ、ルールを決めようぜ。資金は千円。制限時間は1時間。終わった時点で出玉の多い方が勝ち。二人ともスッた場合は早く玉の切れた方が負け。一切打たずに、千円分の玉で勝負してもよし。…こんな感じでどうだ?」
「構わない」
 サングラスで目元を隠した忍は、いつも以上の無表情でうなずいた。
 光流はパチンコ店のガラスドアを開ける。
 途端に溢れる大音量の中、自動販売機まで忍を連れて行った。
 千円札が販売機に飲み込まれ、セットしたプラスチックのケースに玉が吐き出される。それを忍に渡してから、自分の分を購入する。
「案外少ないんだな」
 じゃらじゃらと音を立てて、忍はケースを揺する。
「金ないから仕方ねえよ。じゃ、開始な」
 冷たいほどあっさりと忍を販売機の前に置いて、光流は台の並ぶ通路の一つに入った。
 休日の午後だったが、客はあまり多くはなかった。台の空きもちらほらとある。
 その辺をぶらぶらと歩きながら、人の打つところをさりげなく伺う。
 通路のはじまできて次の通路を覗き込むと、忍がある台で、見よう見真似で打ち始めていた。
 その様子を見て、やはり忍はパチンコの経験はないと確信する。
 つたない手の動きもそうだが、なにより台に着くのが早すぎる。
 光流は幼い頃から、その持ち前の愛想のよさで近所のパチンコ屋の店主とも親しくしていた。
 その店主曰く。
『所詮素人が儲けようと思ったら、出る台を見つけるしかない』
 パチンコ店が客引きのために出玉率を上げている台を探すしかないというのだ。
 それから光流は、どうしたら当りの台を見つけられるか、その店主の店で修行した。店主の設定した当りの台を探すことは、店主と光流との密かなゲームだった。それを楽しみにしていた光流は、周囲の目を盗んで店に通ったものだった。
 以来、パチンコでスッたことがない。だから正直、光流はこの勝負は負ける訳がないと思っている。
 偶然に忍の今着いている台が当りだったとしても、すぐに遅れを取り戻す自信はあった。
 絶対に勝てるのだ。
 しかし、決まった勝負を挑むのは、光流が忍を騙していると言う事に他ならない。
 そのことが、光流を追い詰めていた。
(俺、忍のこと好きになる資格、ねえよな)
 出会ったばかりの頃の、何の見返りも期待しない気持はとっくの昔に消え去って、想う分だけ想われることを望んでいる。
 忍は自分を大事に思ってくれている。それが自分の望む形ではないからと言って、責めるのは筋違いだということは判っているのだが。
 一週間前、喧嘩とも言えない小さないざこざで感じた激しい憤りは、ここに来て情けない自分への嫌悪に変わっていた。
(今回だけ。今回だけ、俺の言うことを聞いてもらったら、俺は…)



  
 勝負がついて、2人が緑林寮近くの公園にたどり着いたのは、あたりがすでに夕方の気配を漂わせ始める頃だった。
 光流は自動販売機で買った暖かい缶コーヒーを忍に渡すと、忍にというよりはむしろ自分に言い聞かせるように、告げた。
「俺、勝ったよなー」
「…」
 忍は眉間に皺を寄せて、差し出された缶コーヒーを雑な仕草で受け取った。
「間違いなく勝ったよなー。つーか圧勝?」
「…」
 結局、残り時間で3ケース分の玉を稼ぎ出した光流の勝利だった。2人の腕には、戦利品である菓子類の包みが下げられていた。
「なんかこー思いっきりすっきりきっぱり…」
「早く要求を言え!」
 不機嫌を隠さずに言い放つ忍に、光流は背を向けて咳のような笑いを零す。
 笑みに気付いた忍は責めるようにつぶやいた。
「…お前、パチンコ得意だったんだな」
「騙されて、怒ってるのか?」
「いや、負けは負けだ…」
 ふと、会話が途切れる。
 何となく、2人並んで公園のベンチに腰掛けた。黙って缶コーヒーをすする。
 先に沈黙を破ったのは忍だった。
「早くお前の要求とやらを言えよ」
 苛立った声音は光流の逡巡を一蹴した。
「…来週の日曜日、1日寮にいろよ…!」
 こんな要求は言っても無駄かも知れない。それどころか、隠している気持に気付かれる可能性が高い。
 それでも構わないと思った。
 もう隠すのにはうんざりだった。想いを隠す苦しさから苛立って忍を傷付けたり、追い詰めて騙すのももうこれっきりにしたかった。
(だから、もう)
「…は?」
 忍はその要求があまりに意外なためか、首を傾げる。しかしすぐに、目を見開いた。
「光流、お前…」
 気付かれた。光流は体を硬くする。次に浴びせられるだろう恐らくは聞くに耐えない言葉をただ黙って待つ。
 すると忍が深いため息をついた。
「…仕方がない」
「えっ?」
「約束は約束だ。来週の日曜は寮にいる」
「そんな簡単に…!いいのかよ!?」
 光流は勢いよく立ち上がった。要求を呑んだ忍に、食って掛かる。
「何だ、不満なのか?」
「…いや、んなこたないけど」
 言いよどむ光流に、忍は手にした缶コーヒーに目を落として、言う。
「光流。来週の日曜日、俺は外出はしない」
「…ああ?」
 わざわざ繰り返す忍の声は普段よりもさらに温度が低かった。
「…忍?」
「もう一度よく考えろよ。“来週、外出しない”。本当にこれでいいのか?」
 本当にこれでいいのか?
 …よくない。
 ベンチに座ったままの忍に覆いかぶさるように、両肩を掴む。顔を上げた忍に叫んだ。
「女と別れてくれ!」
 もうどうにでもなれと、そんな自棄の気持でいる光流に、忍は涼しく切り返す。
「女と切れればそれでいいんだな」
「えっ!?」
 そう聞かれれば、足りないと思うものだろう。光流はもっとマシな要求を考えようとして焦った。挙句、口走る。
「キス、していい!?」
 言ってから、青くなる。
「構わないけれど」
「…はぁっ!?」
「お前が本当にそうして欲しいと言うならいいだろう。キスでいいんだな?」
 忍の言葉は、光流の理解を超えていた。
 何度も聞き返されて、居心地が悪い。まるで何度も再提出を繰り返させる古文の、解の見えない課題に立ち向かっているかのようだ。
 もう一度見下ろした忍の表情は何も語らない。
 だが、考えを改める。今、知らなければいけないのは目の前の鉄面皮が何を考えているかではない。
 本当は、どうして欲しいのか。
 答えは簡単に浮かんだ。
「…忍、俺のこと好きになれよ」
 忍の無表情が、みるみる感情豊かに歪められる。
 しかしそれは、告白に反応する表情として想像したどんなものとも違っていた。
「…何だ。その人を馬鹿にしたよーなツラは」
「いかにもその通り。…相変わらずの浅知恵だな。お前の頭の中身がよく判るよ。最初からそう言えばよかったんだ。随分遠回りをしてご苦労なことだ。お前の苦労だからどうでもいいが…」
 忍は、要求を拒否しなかった。
 自分の気持はひょっとして受け入れられたのだろうか。
 忍のあまりにも微妙な反応に喜んでいいかもわからず、いつもの調子で自分を扱き下ろす姿を、光流はただ呆然と見返すだけだった。




「あー、あの頃は若かったなー…」
 光流は缶ビールを片手に、ため息をついた。
「ジジイ臭いやつだな」
 目の前で、同じく缶ビールを手にした忍を睨みつける。
 大学に入学し、同じアパートで二人暮らしを始めて2年が過ぎた。
「しかし、よくお前OKしたよな…。パチンコで負けたぐらいで俺と付き合うの承知するなんて」
 同性同士なのだ。パチンコの景品にしては破格というか、あり得ない。
 なのに忍は光流を受け入れて、今もこうして2人で暮らしている。光流は照れくさいような、暖かい気持になって、忍に笑いかけた。
 が。
「するわけないだろう」
 しれっという忍に、光流は唖然とした。
「へ、何言って…。だって実際お前…」
「たかが大衆娯楽でそんなこと決められてたまるか。お前が好きだったから承知したんだ」
 言われた言葉の衝撃に、光流は顎をカクリと落とした。
 それに引き換え、忍は全く顔色を変えない。
「っっんだよそれっ!?んじゃお前、パチンコで負けたペナルティー払ってねえじゃん!」
「まあ、そうだな」
「酷ぇ!騙しやがったな!」
「お前も騙しただろう。お互い様だ」
「…知ってたら、女と手え切らせたのに…!」
 要求は“光流を好きになる”だから、と、女遊びはかなりの間続いていたのだ。
「あの時、女と別れるのは難しかったからな。是非とも別の要求に変えてもらいたかったんだ。その通りになってよかったよ」
「…ひとでなし…」
 恨みがましい光流の視線を軽く流して忍は微笑んだ。
「お褒めの言葉をありがとう」
 その笑みに、光流の怒りも長くは続かなかった。
「…キスしていい?」
「それだけでいいのか?」
「いや。…つか、何でいちいちお伺い立てなきゃなんねーんだ」
 ぶつぶつと文句を垂れながらも、光流は目的を果たすべく、その手を伸ばした。

FIN
2005.11.22


ナナイ様、リクエストありがとうございます!
どうかどうかお受け取りくださいませ!!!

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