※画面を閉じてお戻りください。

【楽園】(1)

 それを目にしたのは大学四年の五月だった。
 学生課に用があって向かう途中、就職指導課の前を横切った。そこには立ち並ぶボードに求人票が所狭しと貼られていた。
 大学院に進学することを決めていたから関係ない、と素通りしようとして、一枚の紙が床に落ちていることに気付いた。
 手塚忍なら、こんな時どうする?
 ほんの一瞬の自問自答は、すぐに答えが出た。
 物心つく前から周囲の期待そのままに、優等生を演じ続けてきた。高校で越境入学を果たし、実家から離れて六年を過ぎた今、手塚家という旧家の重圧はさほど意味のないものになっている。それでも身についた優等生根性が放置された紙をそのままにできなかった。拾い上げ、ボードに目を走らすとそこだけぽっかりと隙間があって、四隅の千切れたこの紙がそこから落ちたとすぐに判った。
 ボードに残っていた画鋲を剥がし、紙の千切れた部分にかからないよう丁寧に止めなおす。忍はそこで初めて、紙に書かれたものを見た。
『図書館司書募集』
 司書の資格に必要な授業は気紛れで全て取ってあった。興味を引かれて読み進める。
「?」
 そして所在地欄に首を傾げた。書かれている地名は単純な漢字の羅列だが、どう読むのかが判らなかった。些細なことではあるが、知識には多少の自負があったので気分が悪い。
 他の事項に特に目を引く記載はない。ただ、その地名だけが忍の心に引っかかった。
 たかが日本国内のことだ、調べればすぐに判るだろうと、漢字の羅列を記憶に焼き付けた。
 一日の授業が終わり、大学内の図書館に足を運んだ。索引つきの地図を広げ、該当する文字列を探す。
 ないとは思わなかったが、それでも見つけたときには少しだけ驚いた。
 読み方を知り、再び首を傾げる。音の響きさえ耳慣れない、全く聞いたことのない地名だった。
(…まるで外国だな)
 それでもそこは間違いなく日本で、九州よりさらに南の島に実際ある場所だった。
 判ってしまえば、何ということはない。ちょっと変わった地名を知っただけのこと。
 最初はただ、それだけのことだった。

To be continued !
2006.1.22


唐突に、連載開始です。
(昨晩のチャットで連載を決意しました…)
全13話だと思います。
このお話ではひたすら忍さん不幸です。
でもどうせ幸せになります。大丈夫。
(だって年表の通りですものー)

※画面を閉じてお戻りください。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送