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【楽園】(5)
「蓮川、これとこれとこれとこれと…」
「そんなに持てません!!」
すでに顔が隠れるほど荷物を抱えている蓮川に、忍は更に荷物を押し付けた。蓮川はぶつぶつ文句をいいながらも、光流の引っ越し先である寮の階段を上っていく。忍はその後ろを軽そうなダンボールを一つだけ持ってついて行った。
「じゃ、俺、車返してきちまうわ!」
忍は二階の廊下に荷物を下ろし、階下で声を張り上げる光流に手を振った。
引越しに使ったレンタルの軽トラックを運転して、元同居人が去っていく。
そう、すでに『元』同居人なのだ。
「どわーっ!?」
部屋の中から悲鳴が聞こえた。見ると、蓮川が上がり框に足を取られて床に倒れている。
「すかちゃんまた転んだのー?」
「痛ぇ!何するんだ、お前!?」
部屋の中にいた瞬が外に出ようとして蓮川の体を踏みつけた。
「あーごめんごめん…早く立ちなよ、邪魔だから。ほら、忍先輩が待ってるじゃん」
全く反省の色がない瞬。賑やかな光景に、忍の口元も自然と緩む。
「無理に起き上がらなくても構わん。…踏まないように、一応努力しよう」
蓮川は飛び起きた。
三人で階下に放置された荷物を全て運び上げても、部屋の主はまだ帰ってこなかった。この先どうしてよいか判断できないので、休憩をすることになった。
おもちゃのようなキッチンと、ユニットバスが付いた個室は、こじんまりとしているが綺麗だった。その部屋のフローリングに三人で腰を降ろす。
「光流先輩、そんなに大変なんですか?」
緑茶のペットボトルに口をつけてから、蓮川が言った。
「どういう意味だ?」
「いや、急に寮だなんて言うから、お金がなくなったんじゃないかと」
「お前たちは光流から何も聞いてないのか?」
「日にちと、場所と、引っ越し手伝えってことしか聞いてません」
憮然とする蓮川と頷く瞬。忍は軽く笑って応える。
「俺が聞いたのは忙しくなるから、ということだった。まあ、金がないからバイトで忙しくなるということだから、同じことだな」
すると蓮川が怪訝な顔になった。
「それってちょっとおかしくないですか?」
忍の手の中のペットボトルの水が、ほんの少し踊る。
それをごまかすためにペットボトルを揺らした。その水の動きを目で追う。
「…そうか?」
「寮に入ったからって、負担は変わらないでしょう?」
「そうでもないだろう。食事は出るわけだから」
「でも、いろいろ面倒もありますよね、寮って。何かと届けださなきゃいけなかったり、掃除だってきっと当番制でしょう?食事だって時間が決まってるし。そんなに忙しいならむしろアパートの方が…」
「あ、光流先輩帰ってきた!」
窓の外を覗いた瞬が突然、腰を上げた。
「何か買ってきてくれたみたい。すかちゃん、取りに行こう!!」
そう言うと、蓮川を引き摺って部屋を出ていった。
忍の肺からため息が漏れた。
蓮川の指摘は珍しく鋭かった。
急に疲れを感じる。引越し作業のためではない。重いものは全て、蓮川に持たせてやったのだから。
手にしたペットボトルが滑って落ちた。蓋を閉めておいたので床を濡らさずに済んで安堵する。
手の平を見ると、汗をかいていた。忍はそれで、自分が緊張していたのだと知った。
(あの蓮川の言葉に、だ。まったく、信じられない)
やがて賑やかな気配が戻ってくる。手の平を服で拭い、ペットボトルを拾う。息を吸って表情を繕う時間は十分にあった。
To be continued !
2006.2.12
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