※画面を閉じてお戻りください。

【楽園】(8)

 冬休みに入って忍が一番にした事は、掃除だった。
 三年間、年末の大掃除などは取り立ててした事がなかった。しかし、実家にも帰らず、学業のほうも卒論が殆ど手のかからないところまで来ている状態では、時間を持て余すことになるのは目に見えている。時間潰しのつもりで、世間の習慣に従うことにした。
 今まで買ったこともない洗剤を店で表示を見ながら選び、慣れないながら換気扇を洗う。
 考えながらの作業は手間取った。
 ふと、今頃は光流も、恒例の実家の大掃除に駆りだされているのだろうかと思う。
 同居を解消したあの日以来、光流はよく電話をかけてきた。最後に話したのは二日前だ。
『もしもし、俺ー』
 その声は明るかった。
「…またか」
『またかって、随分な言い草じゃねーか…用事あるからかけたんだよ』
「何だ?」
『お前、明後日から実家帰るんだろ?』
「ああ。そうだが?」
『その確認』
「…それが用事か?」
『用事はこれからだよ。実家への土産とか買わねーの?』
「もう準備した」
『何だよ、随分手回しいいな…』
「で、それが?」
『いやー、買い物にいくなら付き合おうかと思ってさ』
「明日は教授の手伝いがあるんだ」
『…そっか、判った』
 その後、どうということのない話をして、電話を切った。
 途端、部屋の静寂に押し潰されそうになる。
 話した言葉は嘘ばかりだった。
 実家には帰らない。だから土産も買わない。
 教授の手伝いも、本当は、ない。
 思えば光流の引越しを知ったときから、あらゆることを誤魔化すための言葉しか口にしていない。
 心を許さない会話は、光流と出会ったばかりの頃を思い出させた。
 あの頃の、何もかもを拒絶していた自分の愚かさは十分に判っているつもりだ。例え、差し伸べられる手がなくなっても後戻りをする気はない。
 もう、光流と会うつもりはなかった。
 明日、忍は部屋で卒論に手を入れる予定だった。だから時間を空けようと思えば空けられた。
 しかし会って話をすれば、嘘に気付かれてしまう。
 引越しまでは、光流自身が動揺していて多少の会話の不整合はごまかせたが、さすがにもう落ち着いているだろう。
 嘘に気付かれればやがて必ず、察しのいい光流にこの胸にわだかまるものも暴かれてしまうに違いなかった。
 どうしようもない、この孤独。
 友達でさえなくなった光流には、知られたくないし、知られてはいけない。光流の負担になるのも、同情されるのも嫌だった。

To be continued !
2006.3.9


※画面を閉じてお戻りください。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送